先程まで静謐を保っていた副司令公務室に、紙をめくる音が断続的に続いていた。

「碇の奴め……いつもいつも面倒な仕事は私に押しつけよる」
冬月は報告書をめくりながら呟いた。

「冬月副司令は休暇を取らないのですか?」
ゲンドウが休暇を取っているのでリツコは報告書を提出しに副司令の部屋を訪れていた。

「私かね……」
冬月は報告書からちらと顔を上げて呟いた。


「私の記憶が確かなら半年以上は休暇を取っていらっしゃらないと思いますが……
総務部の川乃上課長が少しは休暇を消化して欲しいって言ってましたよ」

そういうリツコ自身もMAGIとエヴァニ体のメンテナンス そしてシンクロ試験の

ほぼ全てに顔を出している為、今日まで休みらしい休みは取ってはいなかった。


「私は古い人間だからね……働いて無いと落ち着かんのだよ……
それに碇の奴は放っておくと何をしでかすかわからないからな……」

冬月は苦笑しながら呟いた。


「私は以前から不思議に思っていたんですが、どうして冬月副司令は碇司令の補佐役を
引き受けたんですか?」
リツコはゲンドウが出てきていないので、普段聞けない事を口に出した。


「私にもよくわからんよ……だが、碇ゲンドウと言う男は君が思っている程
無神経で高圧的で人の言う事に耳を貸さない男じゃ無いよ」

冬月はゲンドウが恋愛小説家としての顔を持っている事を知った時の事を思い出した。


「そうでしょうか……少なくても死んだユイさんの写真や記録を全て焼き払うような
事をする人を、私は信じる事など出来ません。」

リツコはつい声を荒げてしまった。


「そうかね……だが私には碇のその気持ち……わからんでも無いのだよ……
君には理解出来ないかも知れんがね……」
冬月はユイが初号機の中に消えてしまった日の事を思い出していた。


「恋愛小説家・ゲンドウ」

この作品は、映画”恋愛小説家”とエヴァのリミックスFF(ファンフィクション)です。


第5話「偽りの仮面(前編)」

作 尾崎貞夫



あの日の事はあまり思い出したくも無い……
だが、私と碇にとってその事を忘却の底に沈める事など出来る筈も無かった。


西暦2004年 時代の歯車は回りはじめた……誰にも止める事など出来なかった。


「シンクロ率が400を越えているわ 危険よ!」
赤木ナオコは画面を食い入るように見ながら叫んだ。

「実験は中止だ! エヴァとのシンクロを全面カット 急げっ」
ゲンドウは真っ青な顔で所員に指示を出していた。

「うぁぁぁぁぁあああん」
シンジは訳もわからず泣き出していた。
本能的に母を失った事を知ったのだろうか……


「シンクロはカット……ですが被験者の反応が……ありません」
赤木ナオコは震えながら報告した。

ユイ!

ゲンドウはユイが入っていたエントリープラグに向かって走った。

だが、無常にもエントリープラグの中にはユイが着ていた実験用のプラグスーツが
浮かんでいるだけだった。


「ユイ ユイ ユイぃぃぃ

ゲンドウはユイのプラグスーツを抱きしめながら咆哮していた。



その後一週間 ゲンドウは行方をくらませていた。
冬月は捜索隊を出そうかとも思ったが、ゲンドウの心情を思い、捜索隊は出さなかった。


そして10日後にゲンドウは不精髭を生やし、目には隈が出来ており、泣きはらしたのか
目蓋を張らせて冬月の前に現れた。


強化ガラスの窓を取りつけたばかりの司令室でゲンドウは机の上で腕を組み、
冬月の話を聞いていた。

「この一週間どこに行っていた。傷心もいい
だがもうおまえ一人の身体じゃ無い事を自覚をしてくれ」

みずからも心に痛手を負った冬月が、全てを放り出して逃げたゲンドウを
責めるようなそぶりで言い放った。


「わかっている……冬月 今日から新たな計画を遂行する キール議長には提唱済みだ」
だが、ゲンドウはユイの事などもう忘れたかのような冷徹な表情を崩さなかった。

「まさか、あれを」 冬月は顔色を変えて一歩踏み出した。

「そう かつて誰もが為しえなかった神への道 人類補完計画だよ」
ゲンドウの眼は狂気でぎらついていた。



その後、冬月はゲンドウがユイの写真や記録を全て燃やしてしまった事を知り、
ゲンドウの元へ駆けつけた。


「碇 どういう事だ! 死んでしまった者には用が無いとでも言うのか!

おまえはそれでいいかも知れんが、シンジ君はどうする!」

冬月はゲンドウの机に拳を叩きつけて言った。


「冬月先生……私には堪えられないんですよ……」
冬月がゲヒルンに属してからは、いつも冬月と呼び捨てにしていたゲンドウが
弱々しい声で冬月に話しかけた。

「…………」

「冬月先生ならご存じでしょう……大学時代……無論それ以前もですが、
私は誰にも理解されない、孤独な存在でした……
私はユイと言う唯一の理解者を得て、ようやく人間(ひと)として生きる事が出来たんです

ユイを失った今……理解されていた幸せな頃を思い出すのが辛いんですよ……
それならばいっそ………………」
ゲンドウは言葉を詰まらせた。

「碇……」

冬月は何と言って慰めて良いかわからなかった。
だが、冬月はゲンドウの中に己の姿を見ていた。


人類補完計画が始まり、ゲンドウは筆を折った……

だが、水桜由紀の作品で心を癒していた読者達の嘆願書が出版社を通じて送られ、

ゲンドウは再び筆を取る事にした……その後 ゲンドウが小説を書く事で得た金は

全てユイの名を冠した基金としてセカンドインパクトで親を無くした子供の

奨学金として使われる事となった。 だが、その事をNERV内で知っているのは

冬月ただ一人であった。


ゲンドウは偽りの仮面をかぶり、計画の為なら自分の息子を人柱にするような

事でも平気で行い、NERVの職員はおろか、彼の名を知る者全てを震え上がらせていた。


ゲンドウは偽りの仮面を10年もかぶり続けて来た……
だが、その仮面にもついにヒビが走り始めていた……

だが、ゲンドウが密かに慕っている赤木リツコはゲンドウを毛虫のように嫌っていた……
だが、偽りの仮面を外す事は、ゲンドウにはもはや出来なかった。



「ん……寝入ってしまったようだな」
冬月はリツコが去った後、眼が霞んだ為眼を休めていたが、いつしか眠りについていた。

「明日には碇も出てくるのか……明日は半休にでもするかな……」
冬月は凝り固まった両肩をほぐしながら呟いた。


「しかし……碇が吐露したのはあの時だけか……あれから10年……シンジ君も14歳か
シンジ君にも母親が必要だな……」 冬月は端末を操作してメールを書きはじめた。

「碇の奴は いらぬ世話だと言うかも知れんがな……」


「ふぅ……」 リツコはキーボードを叩きながらため息を漏らした。

「先輩 お疲れならもう帰られたらどうですか? もう7時ですよ」
マヤがリツコの顔を覗き込んで言った。

「明日は第二東京市くんだりまで行かなきゃならないし……
今日中に片づけておきたい事が多すぎるのよ」

「明日は久しぶりの休暇でしたよねぇ 先輩 第二東京市に行くんですか?」

「叔母が一度見合いをしろってうるさくてね……お昼食べたらすぐ帰って来るつもりよ
リニアで片道60分もかかるから、何か読み物でも買って帰らなきゃ」

「じゃ、これ読んでみます?」 マヤは水桜由紀の新刊を取り出した。

「水桜由紀? 五年前ぐらいはよく読んでたけど、E計画にかかりっきりになって
からは読んで無いわね……じゃ久しぶりに読んでみようかしら」

「この新作のヒロイン 先輩に少し似てるんですよ」

「私に? そんな事言われると気になるわね じゃ借りて行くわね」
リツコはマヤから受け取った小説を鞄に入れた。

数分後

「さて、終わったわ じゃお先に失礼するわね」
「お疲れ様です」

リツコが席を離れた次の瞬間、リツコのメールボックスに冬月からのメールが届いていた。




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どうもありがとうございました!


第5話 終わり

第6話 に続く!


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