「私はシンジの意見も尊重したいんだから、出来るだけ早く帰って来てね?
 シンジがくつろげる部屋にしたいんだから……」
アスカはうなづいて肝心の部分を読みはじめた。

「うん……だけど……僕はアスカがここにいるだけで安心出来ると思うんだ……」

「シンジ……」
「愛してるよ アスカ」

二人とも練習だと言うのに眼を潤ませてお互いを見つめあっていた。

「僕も……このシンジと同じだよ 君に……いて欲しいんだ」

「シンジ…… 私もシンジといたい」

もう二人には言葉はいらなかった。


裏庭歌劇団

作:尾崎貞夫

最終話【真実の幕開け】


「ねぇ……ここビジネスホテルよね……しかもシングルだし……」
ようやく冷静さを取り戻して来たアスカは現在の情況を認識した。

「うん……僕は特別に早く入れて貰ったけど、そろそろチェックインも終わる頃だよね
防音設備が整ってたのかも……そんな余裕無かったから思いもしなかったけど」

「多分気を使って左右の部屋開けてくれてたんじゃ無いかしら 東方劇場の支配人の
知り合いのホテルなんでしょう?」
さすがにこのまま一泊する訳にもいかないのでアスカは服を身につけはじめた。
あのような事があった後だと言うのに、奇妙な服を身に付ける自分をアスカは呪っていた。

数分後 身だしなみを整えたアスカがバスケットを手にドアの前に立った。

「それじゃ……楽日まで会えないかも知れないから……」
アスカはベッドの上に座っているシンジの頬にキスをした。

「楽日の翌日は休みだから、どこかにドライブへ行こうよ」
シンジが照れ臭そうに頬をかきながら言った。

「うん……それじゃ」 アスカは注意してドアを開け、先日のように取材陣がいない事を
確認してから誰にも見つからないように祈りながら抜けだした。


そして世間は師走に突入し、アスカが冬季公演に主役で再デビューする日が近づいて来た。

舞台での通し稽古が始まり、出演する劇団員の緊張の度合も開演までの日数と反比例して
上がって行き、ピリピリとした空気が舞台を包んでいた。

「惣流さん 碇先輩のようにはうまくいかないかも知れませんけど……頑張ります」
碇シンジ役を勤める若手劇団員の山中勇司がアスカに話しかけて来た。

「こちらこそよろしくねっ 私もブランクあるし初心に帰った気分でやるから」
アスカは微かな違和感を感じつつもシンジ役の勇司に話しかけた。

「碇先輩の予定さえ空いてれば僕なんかの出番は無かったんですけどねぇ……
だけど、今はこの幸運をものにするのに精一杯ですからねっ」
勇司は眼を輝かせながら 恐らくは初の主役に心を躍らせていた。

「あら、碇さんを捨てて その人に鞍替えしたの?」
その時、綾波レイがどこからともなく現れて言った。

「あら、久しぶりね 冬季公演にはあなたの出番は無かった筈だけど……」
アスカはレイの言葉にも動ぜずに逆に切り替えした。

火花が散りそうなやりとりに脅えて勇司はそっと二人から離れた。

「うっ……尾崎先生ってば私に身を引かせる役ばっかり押しつけるんだもの……
今回だって出番無しだしさ……ぶつぶつ」
先日シンジに依頼されてアスカに辛く当たっていたとは知らずアスカはレイの
微笑ましいとも言える振る舞いを見て少し驚いていた。

「あなた、変わったわね いい意味でよ……」
アスカはレイのツボを突いてしまった事をしり慰めた。

「そりゃ、片思いの相手にふられてその上利用されたら人生観360度変わるわよっ」
レイは今にも泣き出しそうな顔で言い返した。

「360度じゃ元に戻ってるんじゃ無いの? って利用されたってどういう事?」
穏やかならぬ発言にアスカは突っ込むのを辞めて問いただした。

「あなた信用されて無いのね……またくじけるかも知れないからって、
碇さんが私にあなたにちょっかいかけるように頼んで来たのよっ」
大筋では間違っていないが、ミスリードさせるキーワード”信用されて無い”を加え
レイは内心ほくそ笑んでいた。 シンジの策を裏手に取って起死回生を狙っているのだ。

「それ本当なの?」 アスカは青ざめた表情で力無く口を開いた。

「私があなたに嘘を言って何か得がある訳? さてと、尾崎先生に顔出してこなきゃ
次のアス訪外伝では 絶対レイ補完書かせるんだからっ」
レイは足早に舞台を去って行き、アスカだけが取り残されていた。

その後 舞台が始まるまで忙しかった事もあり、アスカはシンジと会い真相を質す事も
出来ずに、悶々とした日々を過ごしていた。

再デビュー作となる2015の公演も始まり、あと楽日を残す最終日前夜に事件は起こった。

「はい 惣流です」 午後10時 少し早いが明日の楽日の為早く床についたアスカは
電話の呼び出し音でたたき起こされた。

「あ、惣流君かね……実は共演の山中勇司君が帰宅途中バイクで転倒して左足を骨折して
しまったんだよ……そこで、紀州会館で昨日まで舞台に出てた碇シンジ君に明日の楽日に
出て貰う事になったから。」 尾崎からの電話はアスカを一旦は喜ばせたが、
シンジに対する疑念も解かぬまま、大一番の舞台に望む事になり、不安も残っていた。


そして翌日
急な代役の為予定時間より2時間も前にアスカは裏庭歌劇団の大ホールに辿りついた。

すでにシンジは出てきており、スタッフから指示を受け 台本にチェックを入れていた。

「やあ アスカ 急な事だけど最終日だけでも一緒出来て嬉しいよ」
スタッフとの打ち合わせを終えたシンジはアスカの疑念も知らずに話しかけて来た。

「ねぇシンジ…… 聞きたい事があるの……綾波さんを利用したって本当?」
これから舞台だと言うのにこのような事を蒸し返したくは無かったのだが、
未消化のままでは舞台に立てないと思ったアスカはシンジに疑問をぶつけた。

「うん……本当だよ」 少し考えてシンジはあっさりと事実を認めた。

「そう……そうなの…… 私ってそんなに信用無かったの……確かにあなたに黙って
劇団を去ったんだし、信用されなくて当然かも知れないけど……私は……私は……」
綾波レイの嘘とは知らずにアスカはシンジに裏切られたと信じて疑わず、涙を流していた。

「アスカ……落ち着いて……もう二時間もすれば開幕なんだよ?
その話は 後でゆっくりしようじゃ無いか」シンジは必死にアスカをなだめた。

そして二時間の刻は容赦無く流れ、最終公演が始まろうとしていた。

「気持ちを切り替えなきゃ……私は惣流アスカだけど惣流アスカじゃ無いのよ……
役柄に集中しなきゃ……ってややこしいわね…………」
アスカは泣き出さない為に無理して強がっていたが、それは痛々しかった。


そして楽日の公演 第一幕の幕が上がった。

シンジのフォローのせいで観客に動揺は無かったが、
尾崎やスタッフは前日までと様子の違うアスカを見てひやひやしていた。

そして第一幕の幕が降り、アスカは駆け込むようにして控え室に篭った。

「何よあの無様な演技は……今日は楽日なのよ しかも碇さんの特別出演で
お客の興奮がピークだと言うのにあんな演技しか出来ないの?」
アスカの控え室に現れたレイが冷たく言い放った。

「これで満足なの? せっかく最終日にシンジと一緒に舞台出れると思ったのに……
ぎくしゃくしちゃって……もう私……」
アスカは失敗を許されない再デビューの楽日に肝心のシンジとの間がぎくしゃくしている
事で不安が倍増して今にも泣き出しそうになっていた。

レイは少し気まずそうな表情でぽつりぽつりと話しはじめた。

「あれ……嘘だからね 信用されて無いうんぬんっての…… 確かに利用されたのは事実
だけど、あなたが張り合いを持てるようにって碇さんの思いやりだと思うの……
それが口惜しかったからあんな事を言ってしまったのよ」 
レイは素直に頭を下げた。

「それ本当に本当?」 アスカは顔を上げた。

「だから、二幕は安心して舞台に出なさいよねっ 裏庭歌劇団のレベル落とさないでよね」
そう言ってレイはアスカの控え室から立ち去った。


二幕の開幕2分前になり、
碇シンジと碇アスカの新居のセットが組まれた舞台にアスカは駆けつけた。

そこには緊張した面むきのシンジが出番を待って座っていた。

「シンジ……あなたを信じられなかった私が馬鹿だったわ ごめんなさい」
アスカは動悸を堪えながらシンジに謝った。

「綾波さんを利用したのは事実だし……僕も悪かったよ だけど、
真意がわかってくれて嬉しいよ……今後は何でも君に相談するから……
 さぁ、幕が上がるよ 僕たちの本当の船出だ!」
シンジはアスカの手を取って言った。

ホールには二幕開始を告げるブザーが鳴り響き、観客達のざわめきが段々と治まって
来た頃、緞帳の幕がゆるゆると上がり、ライトに照らし出された二人を観客は万雷の
拍手で迎えた。


「カット!」

監督の声が撮影場に鳴り響き、最終回の撮影の為撮影所全体の緊張の糸がほぐれた。
動員したエキストラ達も問題無く撮影が終了したのでぞろぞろと撮影場から出ていった。

舞台に残っているのはアスカこと宮村優子のみとなっていた。


「お疲れ〜優子ちゃん」

スタッフが差し出したタオルで頬の汗を拭いながら、
綾波レイ役の林原めぐみがアスカ役の宮村優子に話しかけて来た。

「メグちゃん 最後まで大変だったよねぇ〜」
緊張が解けて役柄上での対立など無かったかのように二人は接していた。

「あれ? 緒方さんは?」

「さっきまでそこにいたけど……」

「お疲れぇ〜 優子ちゃん メグちゃん」
碇シンジ役の緒方恵美が冷えたシャンパンを手に現れた。


「みんなで乾杯しよ〜」緒方恵美はシャンパンの栓を押し開けた。

栓が飛び金色の飛沫が三人の頭上から降り注いだが、三人共満足気な笑みを浮かべていた。

そしてスタッフが頭上高く設置されたカメラクレーンからたれ幕を降ろした。


おかげさまで、四国の参愚者ミリオンHIT!
御声援ありがとうございました



この作品はフィクションです。 実在する人物・団体・サイトとは何の関係もありません




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