そして、最後の授業が終わり職員室にシンジが帰ると臨時に使っていた席に
一枚の年賀状が置かれていた。

シンジは逸る心を押さえて年賀状の差出人の所を見た。
「やった……実家じゃ無いみたいだ……え、淡路島?なんでそんな所に……」 
淡路島が北海道でもシンジは絶対アスカを探し出すつもりであった。

「秋季公演が終わったら一週間の休暇がある筈だ……必ず……見つけてみせるよ アスカ」
シンジはアスカの年賀状を背広の内ポケットに入れながら呟いた。


裏庭歌劇団

作:尾崎貞夫

第8話【ジャパンフローラ連続失踪事件】


「ここが淡路島か……堀井ガラス店はどこだろな
淡路島には堀井雄二氏の実家があります
シンジは高速バスから降りて淡路洲本の街を眺めて言った

ヤス「碇さん、どうしますか?」
淡路出身の安田康彦さんも帰郷するとの事で道案内を頼んだのであった。
地図で観たら狭い島ながらも人の足で探すとなると大変だろう。
ヤスはシンジの一年後輩でシンジを慕ってくれていた。

「取り敢えずは市役所かな……届け出とかしてるかも知れないし」
自ら身を隠したアスカが正直に移転届など出す訳も無いとは思ったが、
シンジは藁にもすがる思いでヤスに連れられ洲本市役所に向かった。

30分後……

「やっぱり駄目でしたか」 
市役所前の喫煙コーナーでヤスは煙草を押し消しながら立ち上がった

「うん……アスカがこの島に来て一年半は経つ筈だから、ここで生活する為に必ず
行く必要のあった所で聞き込みをするしか無いかな……」
シンジは舞台の上のアスカを撮った写真を内ポケットから取り出した。

「じゃ、まずは不動産屋ですかね……どこかにアパートかマンションなりを借りてる
のなら、必ず世話になってる筈ですよ 惣流さんはあの美貌ですから、
不動産屋もきっと覚えてると思いますよ」

「なるほど、安田さんに無理言って来て貰って良かったよ」
シンジは一人だと押し殺されそうな程の重圧感を感じる所が、
彼のおかげで気が楽になっている事を実感した。

ヤスの案内でシンジは不動産屋の多い港近くの商店街にて聞き込みを始めた。

「いやぁ、こんな奇麗なお嬢さんなら一度観たら忘れませんよ」

「見た事無いねぇ……洲本辺りでこんな垢抜けた美人がいたら、
とっくに人の口に上がってる筈ですよ この辺りにはいないんじゃ無いかなぁ」

洲本付近の不動産屋と言う不動産屋をあたったシンジとヤスではあったが、
てがかり一つ掴めぬまま、夕陽が街並を染めはじめていた。

「惣流さんはこっちに身内とかいないんですよねぇ……まさか二年近くもホテル
暮らししたり出来る筈も無いし……」 ヤスは缶コーヒーを飲みながら呟いた。

「アスカの年賀状に書かれていた住所は郵便局の私書箱だったし……
本人以外には契約者の事教えてくれないなんて……」
シンジは私書箱の前でずっと見張る事を一瞬考えた。
だが、恐らく寮母とかに年に数回送る程度だろうから頻繁に見にくる筈も無い事に気づいた

「取り敢えず、ホテルに案内しますよ」
ヤスの実家は狭いとの事で格安のホテルを紹介して貰っていたのだ。

「ありがとう……」 シンジは鞄を手に取り立ち上がり、
さっきまで飲んでいたミルクティーの缶を屑かごに放り込んだ。

そして3日間もの間、シンジとヤスの捜索は続いた。
5日目はヤスが墓参りをするとの事でシンジは一人で20世紀最後の年に
花博が行われたと言う今は広い公園になっているその場所に赴いた。

「ここに滞在していられるのも明日までか……」
様々ないろどりの花々に囲まれていながらもシンジの心は晴れなかった。

30分程散策し、池に囲まれた野外劇場の舞台の前を通りかかった時、
野外舞台に観光客らしき人が10人程、舞台を見入っているのに気づいた。

「何かのイベントかな……」 シンジはゆっくりと野外劇場のベンチに腰をかけた。

舞台ではベージュ色の地味な服を着た女性がパントマイムで何かを演じていた。
丁度逆光になっていてその顔は見えなかった。

「あれ、何を演じてるんだろうなぁ」
「わからないか? きっと白雪姫だよ」
「馬鹿 パントマイムでそんなのやる訳無いだろ?」

舞台の上の女性一人だけのようでスタッフの姿も見当たらなかった。
パントマイムをしている女性が最後の演技をした時、シンジはようやく気づいた。

「アスカっ」 シンジはベンチから立ち上がり、舞台に向かって走った。

観客が急に立ち上がって走り出したシンジを見て呆然としていた。

シンジが舞台のすぐ下まで来た時、アスカは舞台の袖から現れた看護婦らしき人
二人に左右から抱え込まれていた。

「外出許可は出したけど、こんな激しい運動しちゃ駄目でしょ 惣流さん」
シンジは間違いなく探していたアスカだと気づいて舞台の袖に走っていった。

「アスカ!」
看護婦二人に支えられて帰ろうとしていたアスカの背にシンジはその名を叫んだ。

「シンジ? シンジなの?」
シンジの声に気づいて振り向いたアスカの顔はまるで別人のように肉が削げ落ちていた。

「あなた、惣流さんのお知り合い? じゃ病院まで付いて来て下さる?」
看護婦がシンジとアスカの表情を見て言った。

花博跡地から坂を登った所にある療養所にアスカは入院していた。
安静と言う事でベッドの上で休んでいるアスカを残してシンジは看護婦詰所に向かった。

「惣流さんは 半年前まで結核を患っていたんです。 もう結核菌も完全に死滅している
ので、外出も許しているんですが、今はまだリハビリの期間中なんですよ」

「それで……僕たちの前から姿を消したのか……」
シンジは 結核にかかり一人でこの島に向かったアスカの気持ちを思うと胸が熱くなった。

「完治するのはいつごろなんでしょうか」
「見ての通り、体重はここに来た時に比べて20キロも落ちてるの……
完全に治るまで、あと二月って所かしらね……
よく抜け出してあの公園でパントマイムなんかやってるから、体力は戻ってるみたいね」

「看護婦さんは、アスカが舞台に出ていた事も知っているんですか?」
「ここに入院されてすぐ写真週刊誌なんかでも失踪と書かれたから……」
「そうですか……」
「病気の方はもう大丈夫だから身体を復調させるだけなのよ だけど無理するから……」

シンジは看護婦の説明を聞き涙を流していた。
アスカは負けた訳では無かった……打ちひしがれてこの島に来たんじゃ無い
再起を計る為にまず身体を治す為にこの島に来たのだと……

シンジは廊下のベンチで落ち着いてからアスカの病室に向かった。

アスカはベッドの上で泣いていた。
シンジに会えばきっとシンジの優しさに甘えてしまい、
シンジにまで結核を移すかも知れないと思い、
誰にも知られずこの島に来た日の事を思い出して……

アスカは足音に気づいて扉の方を仰ぎ見た

曇りガラスの向こうにシンジの姿が朧げに見えて、扉を二度ノックした。

アスカは再び涙を溢れさせながらもその名を呼んだ

「シンジっ」




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第8話 終わり

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