アスカが付属高校を卒業して裏庭歌劇団の劇団員になって3年の月日が流れていた。
在校中に華々しくデビューし、その後も裏庭歌劇団を背負って立つ逸材だと、
惣流アスカを知る人は皆思っていた。
だが、エヴァの影響力もついに尽き始めてエヴァを題材にした劇は急激に減っていた。
その割を一番食ったのがアスカであった
裏庭歌劇団
作:尾崎貞夫
第7話【蜃気楼】
第二部 舞台は陽炎の彼方に
シンジは明日から始まる舞台の打ち合わせを終え劇場のロビーのドアを押し開けた時、
久しく会っていなかった旧友を見つけた。
「やぁ、綾波じゃ無いか 卒業以来だね」
シンジは劇場の支配人と話し終わった直後の綾波レイに話しかけた。
「あっ碇君……」 レイは少し顔を赤らめて呟いた。
「さっきの支配人だよね、どうしたの?」
シンジは心配半分興味半分でレイに問いかけた。
「初日のチケットが買えなかったから……頼んでみたんだけど無理だったの」
レイは少し寂しそうに答えた。
「明日からの僕が出る劇のチケットかい? そうか……もう売り切れてるのか」
シンジはエヴァが題材の劇以外でもすでに確固たる実績を上げていた。
「私も明日はオフだから観たかったの」
レイはわざわざスケジュールを調整してまで初日公演を見ようとしていた事を隠した。
「そうかぁ……」 シンジは少し悩んで革張りの財布を取り出した。
シンジはいつもアスカの為に特等席のチケットを一枚持つ事にしていた
アスカが失踪して以来チケットを持ち続ける事でいつか帰って来てくれるとの
願いを込めていたそのチケットを少し逡巡して財布から取り出した。
「はい、これ 確かめてみたけど初日だったよ」
シンジは逡巡した事を悟られない為に確認したふりをした。
「碇君……ありがとう」
レイは受け取ったチケットを大事そうに鞄の中に収めた。
「お嬢様 次の予定が迫ってますので」
運転手でもありガードマンでもある黒服の男がさりげなく現れて言った
「それじゃ、また明日」
シンジは席の事は言っていなかったが最前列の特等席である。
そこに座れば舞台から充分確認する事が出来る故の発言であった。
レイは何度もシンジに感謝の意を現して、
黒服の男にせっつかれて後ろ髪を引きながら帰っていった。
レイが去って後、シンジは心に強い空虚感を感じていた。
アスカと繋がる唯一の線を自ら切ってしまったかのような罪悪感を抱えて……
「明日は初日だ……気持ちを入れ換えなきゃ……」
シンジは首を振って劇場を出て車に乗り込んだ。
そして翌日……
シンジは無事初回公演を大盛況の内に終えて控え室に戻って来た。
「綾波……」
楽屋の前には持ち切れない程の花束を手にしたレイが立っていた。
これまで儀礼的に花束を交わした事はあるが今回は異常であった。
「一番いい席で観れたから……碇君がオペラグラス無しでもよく見えた……」
シンジは花束を受取りながらレイを控え室に招き入れた。
現在の裏庭歌劇団の若手のツートップの一人であるレイを好奇の目から晒さない為である。
シンジはレイに紙コップに入った熱いコーヒーを差し出し自分も口に含んだ。
「しかし、高そうな花ばかりだね 最終日までのチケット代ぐらいかかるんじゃ無い?」
シンジはレイが抱えて来た花束を見て言った。
「卒業してからもう三年かぁ……エヴァが終息してからは一緒の舞台に立って無いね」
シンジはレイと昔話に花を咲かせていた。
ふとレイが返事を交わさなくなりシンジがレイを見ると、
レイは今にも泣きそうな顔で何かを言おうとしていた
「まだ……あの人の事を忘れてくれないの?」
ようやく声帯を震わせて出た声にシンジは少しショックを受けていた。
自分に好意らしきものを持っていてくれている事は知っていたが、
ここまで思い詰めているとは思っていなかったのだ……
「…………」 シンジは返す言葉を持たなかった。
その問いかけは傷ついてむき出しになっているシンジの心に深い傷痕を残した。
「ごめんなさい……けどこれだけは忘れないでいて欲しいの……初めてエヴァの舞台に
立った時から……ずっと好きでした」 レイは言いおえると放心状態になっているシンジ
に頭を下げて控え室を出ていった。
「忘れられるなら……こんな苦労する訳無いだろ」
シンジは少し冷えたコーヒーがまだ少し入っている紙コップを握り潰した
噴き出たコーヒーはシンジの指をつたって床に一滴づつ落ちていった。
シンジのアスカへの思いが一滴落ちるごとに失われて行くようにシンジには思えた。
エヴァを題材にした最後の舞台を終えた時、アスカは夢と希望に満ちあふれていた
何より自分の才能と可能性を信じていた……
だが……「アクが強い」「個性が強すぎる」「エヴァ以外には不要」
などの様々な烙印を押されてアスカは誰にも見守られずに劇団寮から失踪した。
失踪して二年間 シンジは必死になって行方を探したが、
アスカとは正反対にエヴァ後の方がより評価され沢山の舞台に出る事になった
シンジに許された時間は少なかった
シンジはアスカと付き合っていたつもりであった。
二人とも超多忙でろくにデートも出来なかったし、まだ深い関係にもなれずにいた。
だが、シンジはアスカと心では繋がっていると信じていたのだ。
アスカが失踪してからの二年間 シンジはこれまで以上に舞台に取り組んだ。
最近の異常なまでのシンジの人気はそれによるものでもあったが、
シンジはその事を認めようとはしなかった。
5日後……
シンジは母校である裏庭歌劇団付属高校(通称 学園)に臨時の講師として訪れていた。
シンジは一回目の授業を終えて職員室に戻って来た。
「あら、シンジ君じゃ無い どうしたの?」
アスカ達のいた寮の寮母がシンジの顔を見つけて招き手をしながら呼んだ。
「お久しぶりです 加藤先生が舞台監督をする間、代理の講師を頼まれたんです」
「あなた達が卒業してもう3年にもなるのねぇ……アスカちゃんは元気?」
「えっ……知らないんですか?」
シンジは寮母にアスカの失踪の経緯を教えた。
「それは知らなかったわ……毎年丁寧な年賀状も届いてたしねぇ……」
寮母は複雑な顔をして呟いた。
「年賀状? それは今年も来たんですか?」
アスカの連絡先が分かるかも知れない事にシンジは気づいた。
「ええ 何か訳ありみたいね……持って来るからここで待ってて」
「あ、次の時間の授業始まるんで、ここに置いておいて貰えますか?」
シンジは腕時計を見て言った。
「わかったわ 役立つのならあげるから返さなくてもいいわよ」
そう言って寮母は職員室を出ていった。
そして、最後の授業が終わり職員室にシンジが帰ると臨時に使っていた席に
一枚の年賀状が置かれていた。
シンジは逸る心を押さえて年賀状の差出人の所を見た。
「やった……実家じゃ無いみたいだ……え、淡路島?なんでそんな所に……」
淡路島が北海道でもシンジは絶対アスカを探し出すつもりであった。
「秋季公演が終わったら一週間の休暇がある筈だ……必ず……見つけてみせるよ アスカ」
シンジはアスカの年賀状を背広の内ポケットに入れながら呟いた。
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第7話 終わり
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