裏庭歌劇団

「ふぅ ごちそうさま……さてと」
アスカは弁当を食べおえて、タームから手渡された資料を紐解いた。

「ふむふむ……シアター名子縷々 来場90万人記念公演か
オーディションは……   8月14日ぁ?

「ちょっと何よアスカ 大声出さないでよ」
紙パック入りの紅茶を飲んでいたヒカリは咽せそうになっていた。

「14日は……シンジと……どうしよう」
アスカはヒカリの問いかけにも気づかず資料を胸に抱いて呆然としていた。


裏庭歌劇団
作:尾崎貞夫

第6話【予定は未定】

夜8時半 生徒の殆どいなくなった第二練習場に タップシューズの音だけが響いていた。

「ん? こんな時間にまだ生徒が残っているのか」
タームは手に大量の資料をかかえたまま第二練習場の前で立ち止まった。

タームは器用に膝で第二練習場の扉を開き、中を覗きこんだ。
「おや、アスカ君じゃ無いかね こんな時間まで残ってたのかい?」
薄暗い室内で踊りの練習をしているのがアスカだと分かるとタームは声をかけた。

「あ、ターム先生 こんばんは」
アスカは首にかけていたタオルで汗を拭きながらタームの方に歩いていった。

「こんな時間まで練習かね?」


「先週のダンスの試験……公演で休んじゃいましたから、追試を明日受けるんです
 あまり練習する時間が取れなくて つい……
 明日の追試で合格しなければ単位くれないって言うし、基本をおざなりにして卒業したら
 後で困るのは自分ですから」

アスカは時計に目をやりながら答えた。


「そうかね ま、無理はせんことだな……ところでオーディションだがどの役を志望する
んだね?」 タームは抱えていた資料を机に置き脇に挟んでいたファイルからオーディ
ションの応募要綱のコピーを取り出した。

「若い女性役は3人 内一人は準主役だから 準主役を狙うのもいいけどね……ん?」
タームはアスカが逡巡しているのに気づいた。

「えーと……その……」 アスカは下を向いてもじもじしたまま返答しなかった。

「君が本当の意味で役者になるなら、今回のオーディションはいい勉強になると思うよ」
シンジとの約束がある事を知りながらタームは淡々と説明した。

「はい……考えておきます……明後日には返事しますので……それでは失礼します」
アスカはタームに一礼して第二練習場から出た。


数分後……寮内のシャワールーム

「もう……オーディションは嬉しいけど、シンジとの約束がある日だなんて……」
アスカはボディソープで身体を洗いながら呟いた。

「一応シンジの方が先約だし……優先したいんだけど、ターム先生の意向もわかるのよね」
まだシンジにオーディションの事を話せて無い事が今さらながらに胸を締めつけた。

「はぁ……こんな事悩んでたら青春の日々があっと言う間に飛んでっちゃうわね……」
アスカはシャワーの栓を止めてバスタオルをかけて脱衣所に向かった

「こればっかりはシンジに相談する訳にはいかないのよね……」
アスカは着替えを終えて更衣室の明かりを消しながら呟いた。


「ふぅ……取り敢えず追試終わってから考えよう 両方同時じゃ混乱するし」
アスカはベッドの上に横たわったまま結論を先延ばしにした。


翌日 追試のタップダンスを踊りおえたアスカは裁定を下す教官の前で立礼をした。」

「問題無いわ 合格よ」
それまで厳しい顔をしていた女教官は試験が終わるや否や急に笑顔を見せた。

「ありがとうございます!」 アスカは昨夜の練習の成果が出て心から喜んでいた。

「あなたの事情を知った上で、今回追試をさせたのはね……あなたの為なのよ
確かにあなたは在校中に華々しいデビューを飾ったわ……そして舞台に出つづけている。
だけど、他の生徒達はあなたやシンジ君に負けまいと あなた達が舞台に出ている間も
過酷なまでの練習を積んでいるのよ。 確かに今あなたにアドバンテージはある。
だけど、卒業してしまえば、あとは実力だけが物を言うのよ。
だから、せめて基本はちゃんとマスターしていかないと困るのはあなたなの わかる?」

「御気づかいありがとうございます 精一杯頑張ります」
アスカは心から教官に礼を言った。 そして、今自分に必要なものは何かを知った。


「結論は出たけど……シンジにどうやって言うのかは別問題なのよねぇ……
シンジは優しいから許してくれるどころか気にもしないだろうけど……」
アスカは答えを出したにも関らず悩みつづけていた。 付ける薬は無い。
卒業までの半年で〜 これ以上はJASRACに金を払わないと駄目か

すでに電話でタームには参加の意思を告げている為、後には引けない状態であった

「んー けど、連絡しない訳にもいかないわね……だけど」
アスカは端末のカバーを空けてメールを打とうとしたが、思いとどまった

「謝るならちゃんと話して謝るのが筋よね……それに シンジの声聞きたいし」


消灯間近い午後9時半 アスカは誰にも電話の内容を聞かれたく無い為この時間を選び
寮の電話コーナーに抜き足差し足忍び足で向かった。

「誰もいないわね……」 電話コーナーとラウンジに人影が無いのをアスカは確認した。

「えーとこの時間なら多分自宅ね 今日は学校来てたし」
アスカは手帳に書いてあるシンジの自宅の番号をpushした。

TRRR TRRR

「はい 碇ですぅ〜」
電話に出たのはシンジの母 ユイであった。

「夜分申し訳ございません 私、惣流ですが シンジさんいらっしゃいますでしょうか」
さすがに未来の義母ともなれば普段の口調はなりを潜めていた。

「あら、アスカちゃん? シンジならいるわよ ちょっと待ってね」
保留音が流れはじめてようやくアスカは息を吐いた。

少ししてシンジが出たので、アスカはすぐに話を切り出せず世間話から初めていた。

「ねぇアスカ……何か話したい事があるんだろ?」
プライベートと仕事で長時間一緒にいるだけあってシンジはアスカの事を知りつくしていた。

アスカは観念して事の顛末を話しはじめた。

「ごめん シンジ……そういう訳なの」
「そうか……残念だね で、何時頃出発するの?」
「朝8時の始発に乗るつもりよ」

「また、この次の機会にしたらいいよ 家族旅行はいつでも行けるけど、
自分にあった役のオーディションなんかなかなか無いしね」

「シンジ……ありがとう ごめんね」
アスカはこれまで悩みつづけていた事がシンジの優しい言葉で氷解して行くのを感じて
鬼の目にも涙を流していた。


そして8月14日 アスカのオーディションの日がやってきた。
これまでの実績を忘れ、役者としての再スタートを切る決意であった。

だが、目覚ましを5つセットしたにもかかわらず、前夜 興奮して眠れなかったので
起きられず、アスカは外出着に慌てて袖を通して朝食も食べずに寮を飛び出した。

「電車に乗り遅れちゃう……もう〜こんな時に限って目覚まし時計役に立たないんだから」

寮の門を走りぬけ車道に飛び出した時た時クラクションの音がしたが、
アスカは振り向きもせずに駅を目指した。

「今7時58分……間に合うかしら……こんな事なら切符買っておけば良かった」
だが、無情にも駅を目前にして信号が赤に変わった。

「あー列車出ちゃう」 
アスカが地団駄を踏んだその時、控えめにクラクションが二度鳴った。

「んもぉ何ようるさいわねっ」 いらついてるアスカは凄い形相で振り向いた。

「アスカ 乗って!」 車の後部座席から出てきたのはシンジであった。

「シンジっ どうしてここに? 家族旅行に行ってるんじゃ無いの?」

「説明は後だよ とにかく車に乗って」
シンジはアスカの荷物を手に取って車に放り込んだ。

「え? どういう事なの?」
アスカはシンジに車に押し込まれた。

「少し飛ばすからシートベルトをしておいてくれ」
運転席にいるのは碇ゲンドウ その人であった。

「アスカちゃん お茶とかあるから飲みたい時は言ってね」
そして助手席にいるのは碇ユイであった。

「あの……あ はい ありがとうございます」
アスカは事情が飲み込めなかったが取り敢えずシンジの両親に礼を言った。

そして車が発車し、10分程後で信号で止まった時、説明が始まった。

「僕もね アスカに負けていられないから、新しい役にチャレンジする事にしたんだ」
「え? どういう事?」

「アスカ君 息子は君と同じオーディションに急遽出る事になったんだよ
 男は端役しか役が残って無いがね」 ゲンドウは前を向いたまま説明を始めた。
 
「それで、家族旅行出来ないから オーディション会場までの行き帰りを家族旅行っぽく
しましょうって事なの のど飴舐める? アスカちゃん」

「あっ あはっ そういう事ですか そのありがとうございます」
アスカは冷や汗をかきながらも納得した。

そして、楽しい家族(?)旅行が始まった。

ようやく落ち着いて来た頃、アスカはシンジの太股をつねった。
「痛っ」
「どうして一言言ってくれなかったのよ」


「ふふっ シンジったらもう尻に敷かれてるみたいね」

ユイは後部座席の二人のやりとりに気づいて微笑んだ。

「それが家庭円満の術だと知ってるのさ」

自らもユイの尻に敷かれてるゲンドウは苦笑して言った。


               裏庭歌劇団 第一部 完



この作品はフィクションです。 実在する人物・団体・サイト・作品とは何の関係もありません




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どうもありがとうございました!


第6話 終わり

第7話 に続くと思います!


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