数分後 アスカは服を着替え、顔を洗い 軽く化粧をしてから部屋を出た。
「シンジは今日は授業出るのかしら……」
声をかけようかと一瞬考えたが、アスカは一人で昨日歩いた道を歩み始めた。
そして、一限の一般教養の教壇にアスカは立った。

「それでは、出席を取ります 青橋君」
「はいっ」
「碇君……」 アスカは教室内を目で追った。
「はい」 奥の方の席で、シンジが手を上げるのを見てアスカは胸が一杯になっていた。




第6話 「食材贖罪


先日まで資料室であった大学の生物工学部の片隅にある部屋は
今日からアスカにとっての城と化していた。

城とは言ってもMAGIにアクセスする時以外は扉は開け放たれており、
開放的な雰囲気が部屋を満たしていた。

「さってっとっ まずは基本設定からね」 部屋の主であるアスカは昨日注文して
早速届いていた端末のセットアップを鼻歌交じりでしていた。

「御機嫌ですね 惣流先生」 ドクターコースに進み、授業に出る必要も無く一日中研究室
と端末の前を往復している事で有名な女子生徒が アスカのテーブルの脇に紅茶を置いた。

「あ、石村さん わざわざすみません」
昨日の飲み会で紹介されていたのでアスカは早速記憶力の良さを見せつけた。

大学院まで出ているものの未だ18歳のアスカが 23歳の石村嬢にさん付けで呼ぶのは
至極尤もな事ではあったが、石村嬢は少し違和感を感じていた。

「今日は午前中から御機嫌ですね 時折ハミングが聞こえて来ましたよ」
石村はお盆を胸に抱いて興味深そうにアスカの仕草を見つめていた。

「うそ、聞こえた? 恥ずかしいなぁ〜」 
アスカは照れ隠しにタイピングするスピードを上げた

シンジがちゃんと授業に出たから今日は機嫌が良かったのだが、
周りの人間に悟られるとはアスカは思っていなかったようで冷や汗をかいていた。

「ところで、もう一時半ですよ? まだお昼御飯食べて無いんじゃ無いんですか?」
石村は壁にかけてある時計を見上げて言った。

「もうそんな時間? 研究とか好きな事に没頭してると時間忘れるのよねぇ」
アスカは喉が渇いていたので、置かれた紅茶を二息で飲み干した。

「二時になったらご飯もの出なくなりますから、食べて来た方がいいですよ」
石村嬢はくすりと笑って答えた。

「大変 じゃ行って来ます」
アスカは端末の蓋を閉じ、IDカードでロックしてから立ち上がった。

「行ってらっしゃい」
石村嬢はティーカップをお盆に載せながらアスカを見送った。

「えーと 中央の建物だったわよね 一度前を通ったし」
昨日は昼を外で食べたので、食堂を利用するのは初めてであった。

「さすがにあまり人がいないわねぇ」
アスカは食堂の中に足を踏み入れ、周りを見ながら歩いて行った。

食券式では無く、食堂のおばちゃんに直接注文を告げるタイプのようで、
時代の先端の研究をしているNERV第一大学の食堂とは思えずアスカは苦笑した。
後で分かった事だが、冬月の趣味であるらしい。 人を介せずに注文するのが嫌だそうだ。

「あら、外人さん? 日本語わかるかしら?」
食堂の受けつけにいた50代後半の女性職員がアスカを見てうろたえた。

「大丈夫ですよ 国籍はアメリカですけど日本で暮した事ありますから」
アスカはそう言ってメニューに眼をやった。

「そうなの おばちゃん安心したわぁ これまで見た事無いけど、留学生?」
金髪碧眼のアスカが新入生の来る時期では無いのに初めて姿を現したので、
おばちゃんは好奇心を押さえきれずにアスカに問いかけて来た。

「あ、A定食を えーとカードで」 アスカは支給されたカードを手渡した。
説明するよりそれが早いからだ。 学生は基本的にIDカードが支給されるが、
自分で定額をプリペイド出来るだけだが、職員は給料から天引きされるのだ。
だから、職員の場合はその情報が表示されるのだ。

「あら、まぁ まぁ あなた先生だったの? 驚いたわぁ」
おばちゃんはオーダーを通してからアスカにカードを返しながら言った。

「お世話になります」

「けど、職員用の食堂もあるのよ? 利用する人少ないからここで調理して運ぶだけだけど」

「そうですか けど、ここの方が感じが良さそうですね」
早くも出てきたA定食を受け取ってアスカは微笑んだ。


隅の方の席にアスカは陣取って食べはじめた。
風に乗って中庭のベンチにいる生徒達の声が聞こえて来ていた。

「おまえ、マジかよ? あのバイトクビになったって?」
「まぁ……もうすぐ基礎工事の工期完了だったんだけどね」

どうやらシンジとトウジの会話だとアスカは気づき耳をすました。

「それじゃ、生活苦しいんじゃ無いの? 家賃払えるか?」
「家賃とか生活費はパイロット時代の給料を使うから別にいいんだ」
「それじゃ、何かいな 遊行費とか小遣いはパイロット時代の給料に手を出さんのか」
「大勢の人が亡くなってるしね……あのお金は自分が生活する事以外には使いたく無いんだ」
「そらまたけったいなこっちゃのう 金は金やないか」
「…………」
「ま、おまえの気持ちも分かるけどな ワシの左足と右腕かて、
ネルフが治してくれなんだら、多分大学どころじゃ無かったからな」
「トウジこそそれを恩に感じてNERV第二大学を目指したんだろ?洞木さんに聞いたよ」
「……まぁ、遊び金が必要で貯金に手ぇ出しとう無かったら言えや月二分で貸したる」
「金利取るのかよ……まぁその時は利用させて貰うよ」
「おっと わし二時から実習入ってるねや じゃぁな」
「ああ」

アスカは聞きながら食事していたが、シンジも去ろうとしているのに気づき、
慌てて食べおえて食堂を出た。

シンジはすでに中庭から去っており、アスカは周りを見渡した。
すると、中庭越しに見える反対側のドアを開けて入って行こうとしているのが見えた。

アスカは小走りでシンジの後を追い、その扉を開けて言った。
「シンジ……話は聞かせて貰ったわよ」

「ア……アスカ……ここ、男性用
今、まさに用を足そうとチャックを開けようとしていたシンジは引きつった声で言った。

「え? ご、ごめんなさいっ」
アスカは顔を真っ赤にして退散していった。

「聞かれたのか……ま、説明する手間が省けたか……」
どんなに格好をつけても小便しながらでは意味が無かった。

シンジがハンカチで手を拭きながらトイレから出るとアスカがまだ頬を赤らめたまま、
トイレの前の中庭で突っ立っていた。

「噂に……なっても知らないからな」
シンジは左右を見て誰もいないのを確認して呟いた。

「どうしてバイトしてるかって疑問は解けたわ……けど、
どうしてそんな事しないといけないの? それが分からないわ」

「……悪いけど時間が無いんだ その話はまた後で……」
シンジは腕時計を見てからすまなそうにアスカに答えた。

「今日は何時までなの? 私は五時半には帰るけど……」

「6時には終わるけど……7時までには家にいると思う……
自分の家ならもう迷わないだろう?」 シンジには悪気は無かったが、
ここ連続で道に迷う記録を更新中のアスカにはその言葉が痛かった。

「ご心配ありがとう いくらなんでも分かるわよ……多分」
内心 頭の中で地図を広げながらアスカは強がった。

「じゃ、授業があるから」
シンジはアスカに一瞥して去っていった。

「何なのよあいつは……生意気になっちゃってさ……」
いつまでも14歳のままではいられない事を理解していながらも、
以前のシンジと今のシンジとのギャップは深かった。

「って私もそろそろ帰らないと」 アスカは小走りで学内を駆けた。
途中でアスカを知らない教授が廊下を走るな と小言をくれたが、
アスカは見向きもしなかった


「ふぅ……すっかり遅くなったわね」
時間は午後6時半を少し回った所である。 石村嬢の実験に付き合った結果、
5時で帰る所がここまでずれ込んでしまっていたのだ。

さすがに移動ルートに突発的な工事さえ無ければ(&明るければ)何とか帰り着ける
ようになったとは言え、土手に出て自分のマンションがN○○の職員寮の影から覗いた
時にはアスカはほっとしたのか、張り詰めていた緊張を解いた。

もうすぐシンジが先日まで働いていた工事現場に差しかかった所で、
シンジが横道からスーパーの袋を下げて現れた。

「そんな所にも道があるの?」 てっきり行き止まりだと思っていたアスカは昼間の事も
忘れてシンジの来た道を見つめていた。

「ここの通りを出たらすぐスーパーがあるから利用してるんだよ……」
シンジは少し不機嫌そうに持っている袋を揺らした。

「沢山買ったわね…… ってもしかして?」
アスカは今朝言った事を思い出して今さらながらに赤面した。

「断るのを忘れてたから……」

「その……ありがと」

二人は誰言うとも無く土手に二人並んで歩きはじめた。

「ん?」
今日にも基礎工事が終わる筈の工事現場で騒ぎが起きているのにシンジが気づいた

「どうしたの?」
アスカは不審そうにシンジの視線を追いかけた。


「うわぁ〜 逃げろぉ〜」

一瞬の後、工事現場の方から怒号や叫び声が聞こえて来た。

「な、何事なの?」 アスカは無意識の内にシンジのシャツの袖を掴んで言った。

「様子を見てみよう ここなら安全のようだ」

アスカはシンジと共に、騒ぎになっている工事現場に眼を凝らした。

ズシズシと足音を響かせながらネルファが向こうに向かって歩いているのが見えた
だが、ここから見る限りでは、何故作業員が逃げ惑っているかがわからなかった。
だが、行き当たりまで来てネルファが回頭した時、異変の正体に気づいた。

失神したパイロットが排出されたコクピットの上で気を失っており、
ネルファにはありえない筈の暴走を起こしていたのだ。

三点式のシートベルトもこの振動と、最初意識がある時に脱出しようとしていたので
一点だけでようやく操縦席に乗っている状態で、
いつ落とされて踏みつぶされるかもわからなかった。

「これ……持ってろ」 ネルファがシンジ達のいる土手に近づきはじめた時、
シンジはスーパーの袋をアスカに手渡した。

「何をする気なの? シンジ!」

「多分……君の想像している通りだよ」
シンジはフェンスに足をかけて振り向いて言った。

「シンジ!」 アスカは蒼白な顔でシンジの翻意を促したが、みるみる内にシンジは
フェンスを登り切り、工事現場に飛び降りて行った。




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どうもありがとうございました!


第6話 終わり

第7話 に続く!


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