異説・12月3日の水曜日




注意! この小説は精神を汚染する可能性があります。ATフィールド全開でお読み下さい。


尚、前作”12月3日の水曜日” を読了してからで無いと理解出来ないかと思います。





作:尾崎貞夫



前編

「シンジ 夕ご飯はカレーでいい?」 私は商店街を一緒に歩くシンジに声をかけた。
「アスカの作ってくれたものなら……何でもいいよ……」 シンジは一拍置いてから、
暖かい笑みを浮かべながら言った。 シンジも19歳……かなり男らしさが出て来たの
で、私の方がドキドキしてしまう事が多いの……

「もう〜いつ聞いてもそう答えるんだから……」 私は照れ隠しにそんな事を言いなが
ら、去年の春……二人揃って第二東京大学のある、ここ第二新東京市に来た日の事を思
い出した。 その頃住んでいた碇家の旧家は、お手伝いのおばあさんが死んだのをきっ
かけに、家を出て、学校の近くのマンションに二人で住んでいるのだ……
なんだか解らないけど、あの家には近づきたく無いの……身体が嫌がってるの……
私とシンジが……初めて結ばれた、記念すべき所だけど……嫌なの……

「あれ、いつもここで肉買って無かったっけ」 シンジの声で私は現実に引き戻された
「あ、そうね……ビーフカレーがいい?ポークカレーがいい?それともチキンカレー?
それぐらいは選んでよシンジ……」 私はシンジの腕に掴まりながら甘えた声を出した
「やっぱ……ウシかな……」 シンジは少し考えてから言った。 「ビーフカレーね 
じゃ、おじさん カレー用のぶつ切りの牛肉60g下さい」 「はいよっと、50gか
……4g多いな」 肉屋のおじさんは、プラスチックの舟に載せた牛肉を量っていた。

「いつも買ってるじゃ無い……おまけしてよ お・に・い・さ・んっ」 「アスカちゃ
んにはかなわないなぁ……わかったよ その代わり、スーパーで肉なんか買っちゃダメ
だよ」 肉屋のおじさんはお金を受けとって、笑いながら言った。
「牛肉……多く無い?」 「カレーは二日目が美味しいんだから、大目に作っておくの
よ」 私は笑いながらビニール袋に入れて貰った牛肉を手にして、店を出た。

私はシンジと一緒に、他の店を廻ってカレーライスの材料を買い整えていった。

「そういえば、今晩は七夕よね……ワインでも買って豪勢にやらない?」
「そうだね……けど、大きい瓶だと余るから、小瓶なら付き合うよ」
シンジは私のお願いの殆どを受け入れてくれる……私を包んでくれるかのように……

私たちが酒屋に歩いていくと、
店先に航空便のトラックが止まっていて、荷物を降ろしていた。

「いらっしゃいませ もしかして、ヌーボーをお求めですか?入荷しましたが、もう少
しお待ちください」 店員はそう言って、表に小走りで向かって、荷物を降ろすのを手
伝っていた。

私たちは店内で待つ事にして、酒屋に入って行った。

「ほら、アスカ パンフレットがあるよ」
店内をぶらぶらしていると、シンジが声をかけて来た。

「あ、ほんとだ……」私はシンジと一緒に数枚あるパンフレットの一枚を見ていた。

セカンドインパクト前は11月の第三木曜日が解禁日だったらしいけど、地殻変動で、
フランスの気候や季節も様変わりしてからは、7月7日が解禁日になったと言う事を、
酒屋に張っているパンフレットを見て知った。

「ねぇ シンジ これ飲んでみない?」
私はパンフレットの中のボージョレヌーボーのハーフサイズの瓶を指差した。

「2800円か……まぁ航空便だから仕方無いよね これにしよう」
シンジは微笑みながら財布をポケットから引きずり出そうとしていた。

解禁日に飲む為には航空便に頼るしか無いから、遅れて入って来る船便より少々割高に
なるみたいだけど……いいよね……今日はシンジと……星を見ながら……
私はその情景を思い描いていた。

「あ、お客さん どれにします?」 店員が航空便のシールが張られた木箱を手に中に
入って来て、釘抜きで釘を抜きはじめた。

「えーと 2800円のハーフサイズのをお願いします それとコルク栓を抜く奴を」
シンジが店員にお金を渡すと、底の部分が補強されたビニール袋に入れられたワインを
店員がシンジに手渡した。

「本来は赤ワインは室温がいいんだけど、ヌーボーは少し冷やしたら美味しいよ」
店員が店先にヌーボーを並べながら、酒屋を出ようとした私たちに声をかけた。

「そうしてみる ありがとう」 私はシンジと手を取って酒屋を出た。

私は商店街で、カレー粉とか細々したものを買っていった……
私だけならスーパーでもいいんだけど……シンジと一緒にいられる時は……
こうしてみんなに私が幸せだっ て事を見せつけたくなるの……
昔と違って、女心も解ってくれるようになったし……
幼い時から将来の約束をしていたシンジと、こうしていられるのが……幸せなの……

心無い人は、シンジのどこがいいんだっ なんて言うけど……
そういう事を言うような無神経な人なんかよりは100倍はマシだって思う……

愛する相手を、家柄だとか裕福だからだとか 顔がいいとか経歴だとか……
それだけで決めるなんて…… それに……私みたいなちょっと我が侭な女の子には、包
容力のあるシンジみたいな人が会うと思うの……

自分に自信が持てなくておどおどしてた頃のシンジは、確かに見てて腹も立ったけど、
今のシンジは恐いぐらい私の言う事は何でも聞いてくれる……妥協はさせられるけど。
私は幸せなの……他に理由はいらないもの
一緒にいて幸せな人と添いあうのが一番っ そうよね……シンジ……

私は心持ち、シンジと繋いだ腕に体重をかけた。


「あれ、引っ越しかな……」 「こんな時期に引っ越しなんて珍しいわね」
私たちのマンションの前に、小さめのトラックが止まっており、荷物を降ろしていた。

「お隣だったのね……」 私達は引っ越し業者の邪魔にならないように一階下まで降り
て反対側の階段から部屋に向かった。

「じゃ、料理始めるから」 私は今年の誕生日にシンジにプレゼントしてもらったエプ
ロンを身につけながら、シンジの方を振り返った。

「じゃ、課題やっとくから……アスカの分もね」 シンジは鞄からノートを二冊取り出
して、机の上に置きながら言った。

「お願いねっ」 私はシンジに声をかけてから袋から材料を取り出した。
今日は特別な日だから、とっておきの香り米を炊く事にして水洗いしてセットした。

後は煮込むだけの状態まで手早に料理した私は、
冷蔵庫で冷やしているワインを取り出して、栓を抜こうとしたが固くて抜けなかった。

私はシンジに助けを呼ぼうと思い、テーブルの上でノートに向かっているシンジを見た
が、シンジは私の視線に気づかなかったのか、黙々とノートに書き込んでいた。
私はそんなシンジの横顔につい見とれていた。
シンジのすらっとした背筋 細く白い首筋……軽く耳にかかっている黒髪……

「何か……何かが足りないような気がするけど……気のせいかな……」

「ん…… どうかしたの?アスカ」 シンジは私の視線に気づいて振り向いた。

「あ、これ栓が固くて抜けないの」 私はワインをシンジに手渡した。

「もう、抜くだけでいいんだね……」
シンジはコルク抜きがしっかりと刺さっている事を確認して、
太股に瓶を挟んで栓を抜いた。

その時、ワインの飛沫がシンジの首筋にかかってしまった。

「シャツにかかってない? ワインの染みって取れにくいのよ」
私はシンジの染み一つ無い白くて美しい首筋を覗きこんだ。

「シャツにはかかって無いね」
私は悪戯心を出してシンジの首筋に散ったワインの飛沫を舌で舐めとった。

何かが足りない……

私は再び妙な思いに囚われていた。

「アスカ……」 シンジの声に気づいて私は正気に帰った。

「あ、ありがとね」 私はワインの瓶を受けとって立ち上がった。

私はグラスに半分程度分のワインをカレーを煮ている鍋に注いでかき混ぜた。

コルクを軽くしめてワインを冷蔵庫にしまった後、
私は鍋をかき混ぜながら考え事をしていた。

何が不足なのかしら……何が不満なんだろうか……私は幸せよ……そうに決まってる!

私は言い様の無い不安感を振り払った。

私は椅子に座って、時折アクを取りながらカレー鍋の番をしていた。

私はいつしかうとうとしていた……そして眠りに落ちた。



公園の隅で声も立てずに、たった一人で啜り泣く男の子……

おとこなのにどうしてそんなに泣くのよ……わたしだって我慢してるのに……

私は少し腹が立ったので、泣いている男の子の前に立った。

「何泣いてるのよ……おとこのくせに」 私は腰に手をあてて言い放った。

「だって……おかあさんが死んじゃったんだ みんなにはおかあさんがいるのに。」
女の子の前だからか、涙を拭いながら、黒髪の美しい男の子が呟いた。

「それで泣いてたの……」

「そうだよ なんで僕のお母さんが死ななきゃいけなかったんだよ……」
男の子は再び堪え切れずに泣きはじめ、涙の滴が頬をつたった。

「あんただけが……あんただけが辛いんじゃ無いのよっ」
わたしは、気が付くと、男の子をはり飛ばしていた。

男の子は自分に何が起ったのかが解らないのか、昨日の雨で少し濡れている土の上で
横たわったまま、私を見ずにどこか遠くを見ているかのようだった。

私は横たわった男の子の白い首筋に一点だけあるホクロを見詰めていた。


「起きなさいよ……」 私は手を差し伸べた。

男の子は少し躊躇った後、ようやく私の手をとった。

「叩いちゃってごめんなさい……けど私も……こないだパパが死んだの……
けど……私が泣いたら、ママが……悲しそうな顔をするの……あんたのパパだってそ
うだと思うよ……」

「わかった……僕……もう泣かない……ねぇ、きみの名前は?」

「わたし?私の名前は アスカよ」

「僕……シンジ きみ 見た事無いけど、どこの子なの?」

「今引っ越してる最中よ……邪魔になるからここに来たの……」


…………………

「ねぇ、シンジ これ買ってよ」
わたしは夜店のライトが反射してぴかぴかしてるこのゆびわが欲しかったの……
じぶんで買う事もできたけど……シンジに買って欲しかったの……

「ゆびわ? アスカはゆびわが欲しいの?」
「うん……」
「なんでゆびわなの?」
「どうしてもなのっ シンジには、この青いゆびわを買ってあげるから」

「うん……わかったよ……」

私たちは相手の為のゆびわを買って、後で交換した……
男の人と女の人がゆびわを交換する意味はシンジも知ってたのか、真っ赤になってた。

「ゆびわを交換したら、チューをするのよ……知ってる?」

「えぇ〜恥ずかしいよ……」

「そういうものなの……ほら 目をつぶりなさいよ」


「アスカ」

私はシンジの声で夢から覚めた。 何かいい夢だったような気がしたけど……

「もう、いいんじゃ無いかな?」 私が居眠りをしている間、シンジがアクを取って
くれてたのか、カレーは完成寸前だった。

「あ、ありがと……起こしてくれたら良かったのに……」

「いいよ……アスカの可愛い寝顔も見れたし」
シンジが笑みを浮かべて少し照れ臭そうに言った。

「ねぇ……キスしてもいい?」

「ど、どうしたの?」

「なんか、キスしたい感じなの……いいでしょ」

「僕はアスカの望む事なら、何でもしてあげる事にしてるんだよ……」

「シンジ……好きよ……いや……愛してる」 私はシンジの唇を奪った。

シンジは優しく背中に手を回してくれて、私を抱きしめてくれた。

ピンポーン

無粋なチャイムの音に、私はしぶしぶシンジの唇から離れた。

「僕が行って来るよ……」 シンジは笑いながら玄関に向かった。

何故か気になったので、私も火を落としてからシンジの後を追って玄関に向かった。

光の加減か、少し青く見えるシャギーカットの髪に薄いブラウンの眼鏡をかけて、
白い白衣を着こなしている、私たちとほぼ同年代の女性がドアの向うに立っていた。

「隣に引っ越して来ました、綾波と申します どうかお納め下さい。」
綾波と名乗った女性は、小さい箱入りの素麺らしきものをシンジに手渡していた。

「あ、これはどうも 御丁寧にありがとうございました。」
シンジは軽く会釈をして言った。

「お一人で引っ越してこられたんですか?」
「退院したばかりの弟が一緒なんですが、まだ外には出れないんですよ」
「何か手助けが必要な事があったら、ご遠慮無く声をかけて下さい」

「ありがとうございます それじゃ失礼致します」
同年代なのにやけに居住まいや物腰の柔らかいその女性はドアを閉めようとした。
が、ドアは閉まる直前で止まり、綾波と名乗った女性が呟いた。
「口紅……ついてますよ」

シンジが慌てて口元を拭った頃には、隣の部屋のドアが開く音がしていた。

「さ、晩御飯にしましょっ シンジ!」 私はシンジに声をかけて居間に戻った。



「美味しい? シンジ……」
「うん……美味しいよ 隠し味のワインのおかげかいい香りだし」 私は寝入ってた事も
あり、少し不安もあったのだが、シンジの暖かく優しい声を聞いて、胸を撫で下ろした。
「さ、ワインも飲んで飲んでっ」 私はシンジのグラスにワインを注いだ。 「僕ばっか
りに飲ませないでよ」
シンジは苦笑しながら空になっていた私のグラスにもワインを注いでくれた。

「乾杯しましょ」 私はワイングラスを持ちあげて言った。

「何に乾杯するんだい?」 シンジは私に合わせてグラスを持ち上げて言った。

「決まってるじゃ無い……二人の未来に 乾杯よ」

私たちは軽くワイングラスを触れ合わせて、中身を飲み干した。

カレーを食べおえて、私たちは窓際のソファーでグラスを傾けていた。

「ね……電気消そうか……こんな奇麗な星空の前じゃ、人工の光なんて」 私は小さいガ
ラステーブルに置いておいたリモコンで、照明を最低限のレベルまで落とした。

私はワインを自分のグラスに注いだが、グラスに三分の二程度で空になってしまっていた
「シンジの分が無いね……けど……」
私はワインを口に含み、傍らで酔いのせいか少し赤くなっているシンジに抱きつき、
唇を重ねて舌をねじ入れて、零さないようにワインをシンジに飲ませた。

「ワインはあまり好きじゃ無いけど……アスカがこうして飲ませてくれるのなら……好き
になれそうな気がするよ」 唇を離した時、シンジが私の手を握り締めて言ってくれた。

「アスカ……」
「シンジ……」

私は片手でグラスをテーブルの上に置いて、シンジの求めに応じた。



「シンジはいつまでも……私の側にいてくれるよね……」 私はおとぎ話を思い出した。
「アスカが僕を呼んだなら……天の川を泳いででも、アスカの元に行くよ」
「もう……どこでそんな口説き文句覚えたのよ……」
私はシンジの白く美しい首筋をちろちろと舐めながら答えを迫った。
「どこでって……言われても困っちゃうな……」 シンジは本当に困った表情をしながら
も、私の髪を撫でてくれた。

「今日は七夕……年に一度しか合えない恋人達の逢瀬の日……だから……」
「だから 何? アスカ」 シンジは私の髪を撫でつづけながら問いかけた。
「もういっかいしましょっ(ハァト)」
「アスカ……」
「私たちは毎日でも、お互いを愛しあえる事を見せつけてあげましょうよ そうすれば、
彦星も乙姫の元から帰ろうと思わなくなるかもね」

「あっアスカ……」

そうして夜は更けていった。

この幸せが永遠に続く事を疑いもせずに……




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中編に続く!


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