いつまでも続くと思っていた……この仄かな温もりに包まれた生活が……
だが、現実と言う名の悪魔は僕の扉を叩き続けた 真実を知る刻が来たと
綾波レイ 僕にとってもっとも親しく感じ、そして最も遠く思える存在。
彼女は今にも不安で張り裂けそうな僕のこの気持ちを理解しているだろうか
問いかける者も無く答える者も無い そんな空虚な未来が僕を待ち受けていた
【変革を求める者】
第58話 「涙 Aパート」
*今回はシンジの視点でお送りします
*アラエル襲来前に時系列も巻き戻っています
「夢か……」僕は台所の隅で片手におたまじゃくしを持ったまま壁に背中を預けて
いつの間にか眠りについていたようだ。 僕は立ち上がり、ちょっと寝込んだ間に
すっかりとアクが溜まってしまった寸胴の表面を眺めて嘆息をついた。
「ここまでアクがたまったら手で掬うのは無理だな…」
僕は冷蔵庫からエッグセパレーターと玉子を4個取り出した。
エッグセパレーターを使い、玉子は白身と黄身に分けられ、
白身の方を菜箸を使って鍋の表面に張り巡らせていった。
黄身は自家製マヨネーズに使う為、密封出来る容器に入れて冷蔵庫に入れておいた。
今日は土曜日 学校は休みなので、朝7時に起きてブリと大根の煮付けを作っていた。
今日は10時からNERVで久しぶりに吉田君達と空手の練習をする事になっており、
それまでの間 普段に出来ない家事を済ませておこうと思ったのだ。
洗濯物はもう干したし、掃除は綾波に任せて、僕と綾波とミサトさんが四日は
食べられる程の量のブリと大根の煮付けは、いい香りを醸し出していた。
最初の二日はほぼメインディッシュとして頂き、残りの二日はミサトさんのお酒のつまみ
などに供される予定だ。 来週の頭の頃に一度赤木博士が訪れるそうだから三日で消費
仕切るかも知れない そんな事を考えながら卵白によりすっかり固まったアクを僕は
苦心して取り除いた。 あと小一時間程煮たら一度火を止める予定である。
「碇君……掃除終わったわ」綾波がバケツと雑巾を手に台所に入って来た。
ミサトさんの部屋以外は定期的に掃除をしているので、今日は朝早くから出かけた
ミサトさんの部屋や綾波の部屋の掃除を頼んでいたのだ。
「そう じゃ出かける準備出来てるなら、ゆっくりしてていいよ」
さっきアクをかなり取ったばかりなので、僕も椅子から立ち上がり軽く手を洗った。
「いい匂い……いつか私も作ってみたい……」綾波はバケツをしまい、雑巾を洗い
ながら寸胴の方を見て呟いた。
「大丈夫 きっと作れるようになるよ この大根の面取りだって綾波がやったんじゃ
無いか だいぶ巧くなったよ あ、そこにある石鹸で手を洗っておいて」
僕はそう言って居間に歩き出し、そっと背伸びをした。 居間には柔らかな陽光が
降り注ぎ、僕はあくびを一つ噛み殺してソファーに横たわった。
クッキングタイマーで60分セットしておいたので、僕は心おきなく心地よい睡魔
に身を任せる事が出来た。
クッキングタイマーの音が深い眠りに入っていた僕の意識を呼び覚まし、
僕は何か温かいものに包まれている事に気づいた。
ソファーに横たわっていた僕には毛布がかけられ、その脇では綾波が乾いた洗濯物
を畳んでおり、目覚めた僕につたない笑みを向けた「おはよう、碇君」
「あ、ああ 毛布ありがとう アクを取って火を止めたら出かけるよ」
僕は日溜まりの中僕の側で洗濯物を畳んでいた綾波に母性を感じた事を
忘れるかのように立ち上がり、台所の方に歩いていった。
一時間の間にアクは少し出ていたが、たいした量では無く 僕はおたまで掬い
少し味見をしてから火を止め、寸胴に蓋をした。
思えば僕が料理や家事をするようになったのも他の人の母性を受け入れたく
無かったからなのかも知れない 叔母さんにも母性を感じる事は無かったし
無論ミサトさんに母性を感じる事など希であった。
ガスの元栓等 各所チェックを終えた僕は最後に手を洗って台所を出た。
居間ではもう洗濯物を片づけたのか、綾波が空手の道着の入ったバッグを
すでに僕の分も用意して待ってくれていた。
「じゃ、行こうか」綾波はこくりと頷いて黙って立ち上がった。
ドアのロックを済ませ、エレベーターフロアに向かおうとした時、綾波がそっと
腕をからめて来たので僕は内心少し驚いたが、僕は平静を装った。
人目がある所では恥ずかしいのかあまり綾波はこういった事をしないが、
そうでは無い時はいつもこうしてふれあいを求めて来るのだった。
マンションを出て最寄りの駅まで5分程の間、僕は綾波と家事の事や学校の事
を話しながら歩いていた。 綾波が隣に越して来て僕やミサトさんと接する
時間が増える程、綾波の語彙は増えて来たし、感情もより見せるようになって
来ており、僕はその変化を好ましく思っていた。
土曜の午前中と言う事もあり、僕達が乗り込んだ電車には10人程しか乗って
おらず、僕達は隅の方の椅子に並んで腰掛けた。
「空手も久しぶりだね いろいろあったし……進級試験受ける話も延期になった
し…… そういえば綾波はどうして僕達と一緒に空手を習おうと思ったの?」
以前の綾波に同じ問いを投げかけても恐らく返事は無かっただろうけど、
今の綾波なら何らかの答えを返してくれるのでは無いかと僕は思った。
「最初は……碇君が心配だったから……けど、あの人の心に嘘が無かったから
安心したから碇君は心配じゃ無くなったけど……止める理由が無かったから」
綾波は途切れ途切れに話してくれた。綾波の話を総合すると、チルドレンの
同僚として、僕が吉田君に拉致でもされるんじゃ無いかと最初は心配したと
言う事のようだけど、それなら見学でも良かった筈だし……僕は綾波の言葉
に心地よい嘘が混じっている事に気づいた。
「ありがとう……レイ」
僕は少しうろたえている綾波の手に僕の手をそっと重ねて言った。
綾波は少し頬を赤らめて反応に窮していたようだが、
そっと手を握りかえして来た。 それが何よりの応えであった。
僕達が小さな幸せに身を浸していた時、それをサイレンの音が打ち破った。
「使徒!?」僕は少し腰を上げて窓から外を見渡したが、使徒の姿を見つける
事は出来なかった。
その時、電車が緊急停止の為、制動をかけた為、立ち上がっている僕はバランス
を崩しかけたが、綾波がさしのべてくれた手とつり革で何とか体勢を整えかけた
時、爆発音が列車の先頭部付近で巻き起こり、僕はバランスを崩してしまい、
綾波に覆い被さる形で座席に倒れ込んだ。
「なっ何だ?さっきの爆発は!?」
「使徒か 使徒の攻撃なのか!?」
同じ車両に乗っていた10人程の乗客が騒ぎはじめた。
車両の中は人がまばらだったので、大きい混乱にはならないだろうと少したか
をくくっていた僕は先頭の車両の方から大勢の乗客がパニックに駆られて
最後尾の僕達の車両に飛び込んで来たのを見て、僕は体勢を立て直すと共に、
綾波を庇う形で座り直した。
前の方の車両に乗っていた人の中には軽い怪我をした人もいるようだった。
僕はバッグの中から止血・消毒用のスプレーとタオルを取りだし、怪我をした
人に手渡した。 空手の練習に行く途中で無ければこんな物を持っていなかった
訳で、これまで血が出るような怪我をした事も無かったが持ち続けていて良かった
と僕は思った。
「もう爆発はしないようだ この車両に固まる事は無いだろう!? 治療の邪魔だ
一つ前の車両に少し移動してくれないか?」怪我をした運転手を担いで来た男性が
乗客に話しかけたが、車両の前方で爆発した事もあり、集団心理としてこの場を
あまり離れようとはしていなかった。
綾波が僕の膝をつついて何かを問いかけるような眼をしていたので、僕はそれに
応えた。
「いざと言う時はすぐ側に非常脱出口があるからここを動かない方がいい」
僕は綾波にだけ聞こえるようにそっと囁いた。
数人が隣の車両に移り、何とか落ち着いたかと思った次の瞬間 僕達の直後に
電車に乗り込んで来た男が僕達の方に近づいて来た。
何だろうと不審に思っていると、男は今この場で最も話すべきでは無い事を
口走った。
「俺は見た事がある こいつらエヴァのパイロットだ!」
その一言はようやく落ち着いたかのように見えた乗客達に恐慌を起こさせるの
には充分であった。
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よくやったな・・シンジ
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第58話 終わり
第59話
に続く!
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