強くイメージしている内にアダムと俺の掌はぼこぼこと泡を吹きながら融合し、
そしてアダムは完全に俺の右手に取り込まれた。
前回はチルドレンでは無い碇司令が行った為、掌にアダムの形が残っていたが、
今回はまがりなりにもチルドレンな俺が行った為、完全に掌と同化しており、
その痕跡はもうどこにも見当たらなかった。
「…………たまげたね」
さすがの加持さんも手の平で泡を吹いて融合するさまを見て、冷や汗を流したようだ。
「俺はこれで人間を捨てた事になるかも知れません でも、後悔はしてません」
「人間を捨てた? それ程の物なのか?」
「生身でATフィールドを張る事が出来る”人間”はいません」
その問いに俺はATフィールドを眼前に一瞬だけ形成して言った。
【変革を求める者】
第38話 「死に至る病、そして Dパート」
「ちょっと集中したいんで……一人にして下さい……」
俺は目眩いにも似た何かを感じたので、加持さんにそう伝えた。
「あ、ああ……何かあったら連絡してくれ」
加持さんが部屋を出ていったのを確認して、俺は椅子に腰を下ろした。
アダムとの融合を果たした直後は気分も悪く無かったので、
融合してすぐATフィールドを張ったのが原因なのかも知れない…
アダムと融合したからといって 無限の力が得られる訳では無いようだ。
俺は数分の間 息を整えながら精神を集中した。
「許可降りたわよ 今突貫で作業させてるわ」
資料の入ったバインダーを手に赤木博士が飛びこんで来た。
「……そうですか 分かりました」
「大丈夫?顔色悪いけど…」
「ええ 大丈夫です」
「あ、これにサインして貰えるかしら?」
そう言って赤木博士は二枚の紙を取り出した。
一枚は俺をエヴァのパイロットに任ずる書類だった。
俺がその書類を眺めていると赤木博士が補足説明を始めた。
「今回のような作戦に参加する場合 スーパーバイザーって訳にもいかないから
だと思うわ……ま、チルドレン登録されるのも時間の問題だったから……」
「分かりました」 俺は一枚目の書類に署名をした。
「二枚目は……遺書みたいなものですか?」
そう言って俺は下に敷いていた二枚目の書類を広げた。
「まぁ、そのようなものね……今回みたいにどう考えても死地に赴く場合は
必用なのよ……必用なら遺書も用意させるけど?」
赤木博士も 俺が無事でいられる根拠を探す方が難しいようで、少し動揺していた。
「遺書は不要です……」
俺が遺書を書いても届く筈の無い所にアスカがいる以上、それは無意味だった。
「加持君はもう帰ったの?」加持さんが持って来ると言うアダムに興味を示して
いるのか、赤木博士は少しそわそわしていた。
「ええ……準備は出来ましたし……」
そう言って俺は空になったケースの方をちらりと見た。
俺の仕草に気づいた赤木博士は空になったケースを持ち上げ、嘆息と共に下ろした。
「30分ぐらいで突入用のエントリープラグは用意出来るわ 30分で用意出来るN2
爆雷は12個分なんだけど、足りるかしら?」
赤木博士は資料を見ながら説明を始めた。
「12個も要らないですね 四個ぐらいにして貰えますか?」
「それでいいの? あ、プラグはツインローターヘリ2機で釣る事になったわ」
「外部を見る為のモニターとかはありますか?」
「それも30分以内で何とか出来るそうよ」
「分かりました」
「準備が出来たら誰かを呼びにやらせるわ」
そう言って赤木博士は部屋を出ていった。
そして35分後 俺はLCLに満たされた特殊プラグに入ったまま空中で揺られていた。2機のヘリで釣り下げられているとは言え、安定には程遠かった。
「吉田君 もうすぐ使徒の直上だけど問題無い? N2爆雷を搭載した戦闘機は
予定通りに投下出来るそうよ」ミサトさんの声がスピーカーから響いて来た。
「問題ありません 予定通りにお願いします」
「じゃN2爆雷投下の二秒後にプラグを投下でいいわね?」
そうこうしている内に黒い球体状の使徒レリエルの直上に達し、飛来して来た戦闘機
四機によるN2爆雷の投下が行われ、俺はATフィールドでプラグを包み、投下された。
投下の瞬間は外部モニターを切っていた為、投下して数十秒は暗闇の中を
どこまでも沈んで行くような間隔を感じた。
N2爆雷とATフィールドを組み合わせる事による ディラックの海への侵入は
成功したようなので、俺は外部モニターのスイッチを入れた。
「アスカ……どこにいるんだ」
だが、モニターで四辺を探っても暗闇ばかりで弐号機の姿は見当たらなかった。
俺はプラグを包むように形成しているATフィールドの一方向の出力を強め、
プラグを前進させた。
すでに外部との通信は途絶しており、無限の広さを持つのでは無いかと思われる
ディラックの海に 俺は一人投げだされていた。
「アスカ……アスカ……アスカ」
俺はいつしか祈るような気持ちでアスカの名を連呼していた。
いつしかアスカの無事を祈りつつ瞑目していた俺はふと眼を開くと、
進行方向にぼんやりと紅い弐号機の機体が見えた。
「……!」俺は慌ててATフィールドによる加速を弱めて、
弐号機と接触するように調整していった。
時間的には一瞬だったかも知れないが、
弐号機と接触するまでの間の俺には永劫なまでの長さに等しかった。
微調整のおかげでうずくまるような姿勢だった弐号機の胸にプラグを寄せる事に
成功した俺は通信回線を開いた。
「アスカ!無事か アスカ 聞こえるか!」
俺は応答があった一分後までアスカに問い掛け続けていた。
「繁智……なんでこんな所に?」
所々に雑音やノイズが入ったが、何とか聞き取る事が出来た。
「アスカを助けに来たんだよ 今から言う操作をすれば弐号機のリミッターを解除
する事が出来る そうすればコアにいる君のお母さんが何とかしてくれる筈だ」
俺は用意された指示用のファイルを取り出した。 ラミネートされている為
少し読みにくかったが、俺は一言一言を出来るだけ正確にアスカに伝えた。
数分後…アスカの操作がうまくいったのか、
リミッターが外れ 弐号機の四つの眼が輝いた。
「アスカ 聞こえるか 俺の入ったプラグを手に持つんだ 一緒に脱出しよう」
「繁智……そのプラグ 表面にヒビが入ってるわよ!?」
ATフィールドで包んでいたとは言え、万全で無い部分があったのだろうか……
俺は一瞬絶望感に包まれた。 ヒビの入ったプラグでディラックの海から生還
する事の出来る可能性は……だが、ここでアスカに心配をかけても……
「大丈夫だ 赤木博士がエヴァの装甲並みの外殻が三重構造になってるって言ってた」
「本当に大丈夫? じゃ持つわよ」
「ああ……頼むよ」
プラグが弐号機の手に包まれたのを感じたかと思うと、弐号機の唸り声が聞こえた。
「ママがかなり覚醒して来たわ 問い掛けにも応えてくれるの……いけるわ 繁智」
次の瞬間 強力なATフィールドが弐号機から放たれたのを俺は感じた。
そして咆哮と共に弐号機がディラックの海を突き破ろうとしているのが感じられた。
薄らと光が見えはじめた頃、LCLが蒸発しはじめているのに俺は気づいた。
どうやらヒビが内部にまで入ったようだった……だが俺は何故か冷静だった。
アスカは ほぼ間違い無く脱出する事が出来るだろう……それさえ果たせれば……
次の瞬間 俺はアスカの泣き顔を想像した。
俺も生きて還らないとアスカは元に戻るかもっと悪くなるかも知れない……
俺は自分も生き残る術を考えはじめたその時、誰かに呼びかけられたような気がした。
次の瞬間……俺は意識を失った。
曇天の中 中空に浮かぶ使徒レリエルを囲むようにエヴァ2機が配置された。
足下は黒い影に包まれており、作戦位置を決めるのにはかなりの時間がかかっていた。
リツコは緊張を押し隠す為、音を立てないように唾を飲み込んだ。
「エヴァ両機 作戦位置」
日向二尉が各種モニターを見ながら声を上げた。
「ATフィールド発生準備よし」
マヤが初号機と零号機のパイロットからの連絡を受けて報告した。
「了解」リツコは平静をよそおって応えた。
「爆雷投下60秒前」日向二位の声と共に上空の戦闘機の映像が映し出された。
「これでうまくいかなければ……絶望的ね」リツコはぼそりと呟いた。
必ずアスカを連れて戻るとの意気込みで吉田が突入したものの、何の動きも見られず、
リツコは10分前に残存N2爆雷全弾による救出作戦を碇司令にかけあい強引に了承
させ、エヴァ2機によるATフィールドで救出しようとしている所だった。
爆雷の投下まで後20秒と言う所で異変が始まった。
黒い球体の中から紅い腕が飛び出てきて球体を引き裂き始めたのだ。
「何が始まったんだ……」
初号機の碇シンジが呟いた声がモニターしているリツコの元にも届いた。
「状況は?」今回の作戦の主導権はリツコにあるとは言え、
ミサトも黙ってはいられず日向二尉に問い掛けた。
「分かりません」 日向二尉が押し殺した声で返した。
「全てのメーターが降りきられています」 マヤが混乱しながらも状況を伝えた。
「リミッターが外れて暴走してるのね……でも弐号機のエネルギーはもう0なのよ」
リツコは呆然と立って呟いた。
「アスカや吉田君は無事なの?」
「……それはまだ何とも言えないわ」
そうこうしている内に黒い球体は引き裂かれ弐号機が顔を出した。
初号機と違い口の部分が解放出来ないようにしている為、低い咆哮しか聞こえないが
弐号機が通常の状態では無いのは明らかだった。
単に暴走しただけでは エネルギーが0になった時点で動きを止める筈だからだ。
「ありえないわ……こんな事……」
当初の予定ではまだエネルギーが残っている内に脱出作戦をする筈だったのだが、
内部に侵入した吉田・弐号機共反応が無く、この作戦に切り替えたのであった。
そして最後の咆哮と共に使徒レリエルは四散し、大地に弐号機が降り立った。
「アスカ! 大丈夫なの?」NERVの司令所にいたほぼ全員が呆然としていたが、
ミサトが真っ先に我に帰って弐号機への通信回線を開いた。
「……まだ 生きてるみたいね」
LCLの循環が止まっているせいか、か細い声でアスカが応えた。
「吉田君は? ここからじゃ見えないけど、無事なの?」
「繁智? 手にプラグを握って…………」
アスカが弐号機の左手で握っていたプラグを見ると同時に言葉を失った。
弐号機が握っているプラグは……いやプラグの残骸は 上半分しか無かった。
「繁智ぉー」アスカの絶叫がNERVの司令所を包んだ。
「繁智……アンタ大丈夫だって言ったじゃない……っく」
アスカの慟哭を止める事の出来る人物は司令所にはいなかった……司令所には。
「ん……アスカ 何騒いでるんだよ」
小さい声ではあったが、その声は司令所でモニターしていた者の耳にも届いた。
「繁智!? なんでそこにいるのよ」
アスカは半狂乱になって、プラグ内のアスカの後方にいた俺を見つけて騒いだ。
「何言ってるんだ ディラックの海の中でそっちに乗り移ったじゃないか」
そう言って
俺
はアスカに目配せをした。
「吉田君も無事だったのね?話は後で聞くから帰投して頂戴」
「了解……っと駄目みたい 完全にエネルギーが切れちゃったわ」
「今、シンジ君とレイが向かってるから収容して貰いなさい」
「けど、LCLはもう限界だから私たちは外に出るわよ?」
「分かったわ」
アスカは専用に残されていたバッテリーを使ってエントリープラグを半分程
射出させ、LCLを排水した。
「ふぅ……」外の空気を肺一杯に吸い込み、俺はようやく緊張の糸を解いた。
「もう完全にバッテリー無いから通信も出来ないわよ?」
さっきの俺の目配せに気づいていたアスカが俺に問い掛けて来た。
「ディラックの海と言われるあの空間に飛び込む時……内部からATフィールド
を張って入ったんだ……」
「内部から? ってプラグだけでATフィールドなんて……」
俺は加持さんが日本に持ち込もうとしていたアダムと融合し、
最早人間よりは使徒に近い存在になってしまった事をアスカに告げた。
「そうなの……身体の方は大丈夫なの?」
「あ……ああ 特に変調は無い。ATフィールドが張れたり、さっきみたいに
空間転移が出来るだけで他は変わらないと思うが……」
「ならいいじゃない……私を助ける為に融合したんでしょ?」
「それはそうだが……」 俺は最悪アスカに忌み嫌われる事まで覚悟していたのだが、
アスカはそのような嫌悪を感じなかったようだ。
「どう変わろうと、繁智は繁智じゃない」
シンジとレイの機体が迎えに来た時に最後に言ったアスカの言葉に胸を打たれ、
俺はアスカに見えないように手の甲でそっと涙を拭った……
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